東京高等裁判所 平成9年(ネ)4169号 判決 1998年3月31日
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、「多摩信住宅販売株式会社」の商号を使用してはならない。
三 被控訴人は、東京法務局府中出張所平成七年六月一六日受付に係る被控訴人の設立登記にかかる「多摩信住宅販売株式会社」の商号の抹消登記手続をせよ。
四 訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人の負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者が求める裁判
一 控訴人
主文と同旨の判決。
控訴人は、当審において、原判決「事実及び理由」の第一 請求2を、主文第三項と同旨の請求に変更した。
二 被控訴人
「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決。当審において変更された請求について、「控訴人の請求を棄却する。」との判決。
第二 事案の概要
原判決一丁裏一一行ないし二丁裏一行記載のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決二丁表二行の「呼称」を「略称」に、同七行の「本店」を「主たる事務所」に、「商号」を「名称」に改める。)。
第三 当事者の主張
一 控訴人
1 原判決は、「被控訴人の商号が、世人をしてあたかも控訴人が出資する関連会社の一つであるかのように混同誤認させるおそれがあることは否定できない」旨説示しながら、不正競争に該当するためには競争者と他人とが「少なくとも競争関係にあることは必要である」とし、「控訴人の営業種目が信用金庫としての金融業であり、被控訴人の営業種目が住宅販売である」ことを理由として、「被控訴人の商号から被控訴人を控訴人と混同誤認させるおそれが全くないことも明らかである」から、被控訴人の行為は不正競争に該当しない旨判断している。
しかしながら、有力企業がその経営を多角化するために、子会社・関連会社の形で、その目的以外の事業を営む例は少なくなく、その場合、系列会社等の商号として、有力企業の商号に類似する商号を使用する例が多いことは周知の事項である。そして、一般の取引者・需要者は、有力企業の商号に類似する商号を使用している企業は有力企業と緊密な営業上の関係があるものと考えて、有力企業に対するのと同等の信頼を置くのであるから、不正競争防止法二条一項一号にいう「他人の営業と混同を生じさせる行為」には、競争者の営業を他人の営業と誤信させる行為のみならず、競争者が他人と緊密な営業上の関係があると誤信させる行為も含まれるとしなければならない。その場合、有力企業あるいはその系列グループが競争者と同種の事業を行っておらなくとも、一般の取引者・需要者は、競争者の事業を、有力企業が新規の分野に進出したものと認識するのであるから、有力企業あるいはその系列グループと競争者とが競争関係にあることは不正競争が成立するための要件ではない。
したがって、原判決の上記判断は明らかに誤りである。
2 日本国内には現在、四一〇の信用金庫が存在するが、控訴人の保有預金額は約一兆一八九〇億円(平成八年度末)であって国内において一〇位(東京都内では四位)に位置し、その預金取引者は約八〇万人に及んでいるのであって、控訴人の主たる事業地域である東京都多摩地区における控訴人の知名度・信用力が極めて高いことは多言を要しない。そして、控訴人は、その略称として現在は平仮名の「たましん」を常用し、この略称は一般の取引者・需要者にも親しみをもって使用されているが、「多摩信」の略称を用いたこともあり、平仮名の「たましん」が直ちに漢字の「多摩信」、すなわち控訴人を想起させることは明らかである。
これに対し、被控訴人の営業地域は、本店所在地である小金井市を中心とする多摩地域であって、控訴人の事業地域と競合すると考えられるところ、不動産取引は高額の物件を取り扱うため、不動産取引業者にとっては顧客の信頼を得ることが極めて重要となるが、有力な金融機関と緊密な営業上の関係がある不動産取引業者であればその信用が一気に増大することは疑いのないところである。そして、前記のように直ちに控訴人を想起させる漢字の「多摩信」を冒頭に使用する被控訴人の商号は、不動産取引の顧客をして、被控訴人が控訴人と緊密な営業上の関係があると誤信させるものであるから、被控訴人の行為が不正競争に該当することは明らかというべきである。
二 被控訴人
控訴人は、自らの略称として常用している平仮名の「たましん」が直ちに漢字の「多摩信」、すなわち控訴人を想起させることは明らかである旨主張する。
しかしながら、仮に平仮名の「たましん」の略称が東京都多摩地区において広く知られているとしても、一般の取引者・需要者にとっては、平仮名の「たましん」が何を意味するのか不明というほかなく、ただ、信用金庫業務を行う控訴人の存在を知っている者のみが、平仮名の「たましん」は控訴人の略称であることを理解し得るにすぎない。そして、平仮名の「たましん」と漢字の「多摩信」とは、後者を音読みすれば前者の音を生ずるというにすぎないから、「たましん」を控訴人の略称と理解する者は、両者が類似するとか、その関連会社と理解するはずがない。
したがって、漢字の「多摩信」を使用した被控訴人の商号が、不動産取引の顧客をして、被控訴人が控訴人と緊密な営業上の関係があると誤信させることはあり得ないというべきである。
第四 判断
一 《証拠略》によれば、控訴人は、昭和二〇年代から、「多摩信」の略称を用いて、預金・定期積金の受入れ、資金の貸付等の信用金庫業務を行い、その後(昭和四一年頃から)主として「たましん」の略称を用いるようになったものであるが、「たましん」の略称を用いて広範な営業活動を行っており、その営業範囲は、立川市、八王子市等多摩地区全体に及び、多数の預金者、預金量を有する多摩地区有数の金融機関であること、控訴人の関連会社として「たましんビジネスサービス株式会社」(建物及び付属設備の修繕・管理、運送等の業務)、「たましんリース株式会社」(機械器具等のリース・販売等の業務)等が存在することが認められる。
右の事実によれば、「たましん」は、控訴人の営業であることを示す表示であって、不正競争防止法二条一項に規定する営業表示に該当するというべきである。
二 控訴人は、自らの略称として常用している平仮名の「たましん」が直ちに漢字の「多摩信」、すなわち控訴人を想起させることは明らかである旨主張するのに対し、被控訴人は、漢字の「多摩信」を音読みすれば平仮名の「たましん」の音を生ずるにすぎないから、平仮名の「たましん」と漢字の「多摩信」とが類似するということはできない旨主張する。
そこで検討すると、信用金庫あるいは信用協同組合が、その事業地域名あるいはその略称に「信」あるいは「しん」の文字を付した形で略称される例は世上しばしば見聞することは当裁判所に顕著な事実であり、控訴人が東京都多摩地区において有力な金融機関であって、かつ、従前「多摩信」の略称を用いていたことは前記一のとおりであるから、少なくとも東京都多摩地区の取引者・需要者ならば、平仮名の「たましん」が、同地区を事業地域とする有力な信用金庫である控訴人の略称であることは容易に理解し得ると考えられる。したがって、平仮名の「たましん」は、控訴人の事業を表示する略称として東京都多摩地区の取引者・需要者の間に広く認識されていると認めるのが相当であって、このことは、原審における証人栗山秀雄、同冠幸二郎の各証言からも十分に窺い得るところである。
そして、東京都多摩地区の取引者・需要者ならば、平仮名の「たましん」が漢字の「多摩信」の音読みであることも直ちに理解し得ると考えられるから、その冒頭に漢字の「多摩信」を使用する被控訴人の商号は、控訴人の事業を表示する略称として同地区の取引者・需要者の間に広く認識されている平仮名の「たましん」と、称呼及び観念において類似するところがあると考えるのが相当である。
三 不正競争防止法二条一項一号にいう、人の業務に係る営業表示として周知の表示と類似する表示を用いて「他人の営業と混同を生じさせる行為」には、取引者・需要者をして競争者の営業を他人の営業と誤信させる行為のみならず、競争者が他人と緊密な営業上の関係があると誤信させる行為も含まれると解すべきところ、控訴人は、直ちに控訴人を想起させる漢字の「多摩信」を冒頭に使用する被控訴人の商号は不動産取引の顧客をして被控訴人が控訴人と緊密な営業上の関係があると誤信させるものである旨主張するのに対し、被控訴人は、一般の取引者・需要者にとっては平仮名の「たましん」が何を意味するのか不明であり、ただ、信用金庫業務を行う控訴人の存在を知っている者のみが平仮名の「たましん」は控訴人の略称であることを理解し得るのであるから、漢字の「多摩信」を使用した被控訴人の商号が不動産取引の顧客をして被控訴人が控訴人と緊密な営業上の関係があると誤信させることはあり得ない旨主張する。
そこで検討すると、有力な金融機関が系列会社等の形で不動産取引業を営む場合、自らの商号等の略称に、不動産取引あるいは不動産取引業を意味する文字を付したものを系列会社等の商号とする例が世上少なからず存在することは当裁判所に顕著な事実である。したがって、前記のように、平仮名の「たましん」が控訴人の事業を表示する略称として東京都多摩地区の取引者・需要者に広く認識されており、かつ、これらの者は平仮名の「たましん」が漢字の「多摩信」の音読みであることを直ちに理解し得ると考えられる以上、その冒頭に漢字の「多摩信」を使用し、これに「住宅販売株式会社」の文字を付してなる被控訴人の商号に接した同地域の取引者・需要者が、被控訴人は控訴人と緊密な営業上の関係がある不動産取引業者であると考えるのは極めて自然なことと考えられる(この点において、「被控訴人が被控訴人の商号の主要な部分に「多摩信」を用いたのは多摩地域で広く認められている控訴人の信用を利用しようとしたことにあることは(中略)明らかである」とした原判決の説示に誤りはない。)。
以上のとおりであるから、殊更に漢字の「多摩信」を含む商号を使用する被控訴人の行為は、不動産取引の顧客をして、被控訴人が控訴人と緊密な営業上の関係があると誤信させるおそれが多分にあることは明らかであり、このことは、控訴人と緊密な営業上の関係がある企業に不動産取引業を目的とするものが現に存在しないことによって、いささかも左右されないというべきである。
四 そして、このような被控訴人の行為によって、周知表示による営業の出所識別機能が阻害されるのみならず、例えば被控訴人が代理あるいは仲介した不動産取引に何らかの不都合が生じた場合、控訴人がその信用を含む事業上の利益を害されるおそれがあるといえるから、被控訴人に対しその商号の使用禁止と、同商号の抹消登記手続を求める控訴人の本訴請求は、不正競争防止法三条の規定によって認容されるべきである。
五 よって、これと結論を異にする原判決は失当であるから、これを取り消したうえ、控訴人の本訴請求を全部認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(平成一〇年三月一七日口頭弁論終結)。
(裁判長裁判官 竹田 稔 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)